原研究室(旧)

原辰徳

論文題目:サービスの機能とその提供プロセスの統合表現

http://gazo.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/gakui/data/h20/124562/124562a.pdf

 本論文では,サービスを機能と提供プロセスの観点から記述する方法論を提案する.各々の表現手法について提案した後に,それらの統合利用について述べ,具体的な計算機システムの構築と事例記述によってその有効性を示す.

第1章:序論

 第1章では,研究背景を概説した後に,本研究の目的と位置づけについて述べる.社会の成熟により経済の中心はサービスへとシフトし,多くの産業分野においてサービスと知識が一層重視される傾向にある.GDP・雇用の約7割を占めるサービス産業においては,その生産性の向上を通じたサービス産業の製造業化の実現が喫緊の課題となっている.製造業においても,製造対象である製品そのものから製品を介して供給されるサービスへと価値が移行しており,製造業製品のサービス化は避けられない状況にある.こうした背景の下,大規模化・複雑化したサービスへの対応,サービスの人材教育と知識伝承の効率化,そして新たなサービスの創出支援等の必要性から,サービスに対する科学的・工学的研究が強く求められている.これまでサービスが科学・工学の主対象とならなかった理由として,(1)財の無形性(触れることができない),(2)品質評価の困難さ(同じサービスでも時間や顧客によって評価が異なる)が挙げられる.結果として,サービスにおける「設計図面の記述」と「サービス内容に基づく顧客満足度の評価」に関する体系化が十分に進んでおらず,各々の業種・業態に特化し経験と勘に強く依存した開発が行われているという課題がある.

 本論文の目的は「要素分解を基本としたサービスの対象表現によって,関係者が相互に理解可能なサービスの図面と,顧客満足度の評価に必要なサービスの品質構造とを統合的に扱うこと」であり,具体的には以下の3項目を実現する.

  1. 顧客満足度の決定構造:顧客視点での満足度評価を可能とするサービスの機能表現
  2. サービスの設計図面:顧客との関わりを中心としたサービスの提供プロセス表現
  3. 上記の機能表現と提供プロセス表現とを統合的に利用する手順

第2章:サービスの定義とモデルの概要

 第2章では,本論文におけるサービスを「提供者が受給者の状態変化を引き起こす行為」として定義するとともに,提案モデルの概要を述べ,第3章以降で論じるサービスの機能表現とその提供プロセス表現の位置づけを明確にする.本論文が対象とするサービスは,物理的製品と人的活動の双方から成る市場提供物であり,サービスの効率性と質の向上のために双方を等しく扱う.

第3章:サービスの機能表現

 第3章では,サービスを機能により表現する手法について述べる.基礎となる設計工学分野における機能モデリングを概説した後,サービスに対する顧客の評価基準を起点に,機能と属性によってサービス内容を表現する手法を述べる.これにより,顧客満足度の評価に必要なサービスの品質構造が分析され,サービス提供を担う実体が特定される.特に本論文では,人間・製品・ソフトウェア等,多岐に渡るサービスの構造を見通し良く整理し,提供プロセスとの統合利用を容易にするため,機能の実体化に関する4つの原則を提案する.

第4章:サービスの提供プロセス表現

 第4章では,サービスを提供プロセスにより表現する手法について述べる.サービスブループリントと呼ばれるマーケティング分野の技法について概説し,その問題点として(1)顧客視点でのサービスの評価が困難,(2)機械・情報処理中心のプロセスを未考慮,(3)表記法と制御フローの定義が不十分 を指摘する.これに対し本論文では,提供プロセスの全体を,人間によるマニュアルプロセスと機械・情報システムによる自動化プロセスの双方の観点から記述する拡張サービスブループリント手法を提案する.本手法では,ビジネスプロセスモデリングの標準表記法であるBusiness Process Modeling Notation(BPMN)を用いて提供プロセスを表記する.

第5章:機能表現とプロセス表現の統合利用

 第5章では,第3章・4章で提案したサービスの機能・属性表現と提供プロセス表現とを統合的に利用する枠組みについて述べる.機能とプロセスの関係等,二つの表現が対象とする要素間の対応関係を明らかにし,この枠組みを用いてサービスを設計する手順について述べる.本手順は,顧客分析から始まって,サービスの提供プロセスとそれに介在する実体の仕様策定までを行うものである.

第6章:計算機上への実装を通じた検証と考察

 第6章では,以上の方法論に基づき構築したサービスの概念設計用の計算機支援システムについて概説し,事例への適用を通じた検証と考察を行う.まず構築したソフトウェアService Explorerの特徴,機能概要の他,技術仕様について簡潔に述べる.次にエレベータの運用・保守サービスを記述し,サービスの機能表現,提供プロセスの表現,およびそれらの統合利用に関する検証を行う.また,「製造業製品のサービス化」と「サービス産業のサービス分類」に関する先行研究を元に提案手法の記述能力を考察し,提案手法の利点と今後の課題点を明らかにする.

第7章:結論と今後の展望

 第7章では,結論を述べる.サービス研究に対する本論文の最大の貢献は,既存の工学手法とマーケティング手法を適切に組み合わせ体系化することによって,顧客満足度と設計図面の観点からサービスを統合的に記述する方法を明らかにした点にあり,これにより以下の三つが可能となる.

  • サービス開発・提供に携わる全ての関係者が,そのサービスを相互に理解できる
  • 記述結果(モデル)を解析することで,そのサービスが有する特性を理解できる
  • 記述結果を基にして,そのサービスの顧客満足度を評価できる

 サービス工学研究を発展させる上では「実学としての有用性の提示」と「学問体系としての論理性・体系性の追求」との両面を常に意識しなければならない.サービス工学の役立つ結果を提示することが重要である一方で,サービス工学を育てる努力そのものが失われては本末転倒である.本論文が,サービス工学研究の発展の一助となれば幸いである.